誰でも出来ると適正は違うって話


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このストレスフル社会において、闇社会で密かに流通し始めている新種の"オクスリ"、通称・ワイ。その効果は基本的には強い眠気に襲われるが、別に寝れるわけでもないので、使用者によっては眠たいのに寝れないという生き地獄を感じることが出来る。しかし、その生き地獄具合が癖になる模様。(末端価格1g6000円)

一応、ワイは業界視察の一環として定期的に運送・物流関係の求人を見ます。求人にはフリーター歓迎とか未経験者歓迎とか年齢性別不問とかそんな感じの事が書かれており、言ってしまえば、誰でもウエルカムな訳です。正直、内側に居る人間としては、人手不足とか不人気業種なのは重々承知しているし、猫の手も借りたいくらい忙しい時期とかは、誰でもいいのでそこに居てほしかったりするわけです。

運送仕事って正直、誰でも出来ると思います。日常生活に支障をきたさない程度に日本語が読めて、ゼンリンの住宅地図とかカーナビとかスマホの地図アプリを使って目的を調べて、車を運転する資格と技能を持ちそこにさえ行けば出来る仕事です。

医者みたいにこの臓器はこんなんで・・・とかこの神経はこんな働きがあって・・・とかこの機械はこんな風に使って・・・みたいに専門的な何かをさほど必要とししないと思いますし、スポーツ選手みたいに才能が物を言うなんていう世界でもないでしょう。そんな風に考えれば、この日本に住んでいる人であれば、誰でも出来るでしょう。

この上記の認識は日本人のほとんどが有していると思いますし、だからこそ誰でも出来る仕事と思われて下に見られるとかあると思います。

このような認識とか業界の人手不足から、フリーター歓迎とか未経験者歓迎とか年齢性別不問とか書かれて、色んな人が物を運ぶ仕事の門を叩く訳ですが、理想と現実というかギャップというかそーゆーものを目の当たりにして、去っていく人数も多いわけで、結果、去っていった人達があーだこーだ言って、知らない所で物を運ぶ仕事は大変と流布されて人が寄り付かないみたいな事も起こっているのでしょう。

では、この理想と現実orギャップの正体は何でしょうか?給料の安さとか長時間労働とか時間に追われるとか色々あるのかもしれませんが、ワイは件数とか荷量とか荷姿が考えていたのと違うってのが一番のギャップの正体だと思います。つまり、労働環境云々ではなく、労働内容云々だと思うのです。

運送仕事をする前とかしない人とか無縁な人はきっと手で持てるそこまで重たくない荷物を家の玄関とか会社の入り口の目の前まで車で行って、荷物を渡し、それが5件、6件くらいで・・・みたいな感じでイメージするのでしょうか?仮にそうだとしたら、実際は違います。って、そんな仕事もあるのですが、そんな仕事は極稀で、そんな美味しい仕事は滅多にありません。

実際は、企業専属便とかでもエゲツない荷物(例:12.3キロあるような荷物10個とかを車に積んで持っていくとか訳のわからない長尺物の重量物を運ぶ)を複数持ち出して、20件から30件回るとかいう仕事もあります。企業専属便の場合だと、その現場の性質にも寄るのですが、とどのつまり、メジャーな運送会社(青い所とか緑の所とかカンガルーとか昔のペリカン)では出せないとか出したら高く付くような荷物や状況を自社で賄うわけですから、当然そんなエゲツない荷物が平気であったりするわけです。

また、商業貨物も上記と同じでしょう。エゲツない荷物を送れるから商業貨物な訳で、労働内容においては企業専属便と大差ないです。



では、荷物(荷姿・荷物の性質)の面では宅配が1番じゃないか!と思う人もいるでしょう。実際、企業専属便とか商業貨物とかに比べればマシだと思います。極稀にゴルフバッグとか水とか米30キロとかありますが、件数がエゲツないわけです。

1日やれば、少なからずとも、80軒くらいは回らなければならないし、時間指定とかもあるので、あれはあれで別の意味で大変です。例えば、朝もここのマンションに来て、夕方もこのマンションに来て、夜もまた行かなければならない・・・。みたいな。

おまけに、個人宅がメインで、何度も書いていますが、5階までしかない団地とかに荷物がくれば、エレベーターとかなく、当然階段でそこまで行くので、体力を削られる訳です。

つまり、企業配とか商業貨物に比べれば、重たい荷物とかゲテモノは少ないですが、それでもたまーにあり、おまけに動き回るので、そういう体力を使うし、さらに時間に追われるとか精神的にきたりするという感じで、これが宅配が一番大変だと言われる、思われる要因でしょう。なんと言っても、件数とか荷量とか荷姿がイメージしていたのと全く違う世界ですから。

つまり、ワイは荷物を運ぶことは誰でも出来るが、件数とか荷量とか荷姿に対応するには適正が必要だと思うし、それとこれは別の問題だと思うのです。

改めて書きますが、この仕事は誰でもウエルカムですが、みんながみんな出来るわけではありません。それはそれで問題だと思いますし、なんだかんだ誰でも出来ない故に、機械化とかドローンとか言われると思うのです。

そして、今その仕事をやっている人とか出来ている人は、辛いとか色々あるかも知れませんが、とどのつまり、適正があるとか才能があったとも言えるわけで、そんな風に考えれば、誰でも出来ると思われるからこそ、個人の"何か"が物を言う仕事だよなぁ~ともワイは思います。

まぁ、何が言いたいかと言えば、現状さほど機械化が進んでいなく、マンパワーで物を運ぶ仕事こそ、実は実力みたいのが必要だったりするんじゃね?って事です。

それでは!

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この記事へのコメント

  • 配達員

    昨日は持出し300で死にました。
    ( ̄▽ ̄;)

    今日は休みなので、未配の荷物と未配クレームを片すのは自分じゃないですけどね。
    (≧∇≦)

    2019年12月09日 07:38
  • ワイ

    >配達員さん

    ワイ周辺も普段の2.5倍くらいの荷物で、ワイに関しても町ベースで平常期の2倍とか3倍荷物があります。ワイ周辺は未配を残さない風習?文化?なのか、終わらない所は、終わった人間から応援に行って何とか今日を過ごしています。

    つーか、御中元・お歳暮って絶対配らなくても荷物の受け人は「今回はあの人から来なかったなぁ~」とかそもそも来なくても気付かないのではないだろうか・・・。とか思ったり・・・。
    2019年12月14日 00:00